印と私(3)

佐藤容齋

前回、印と私(2)では、呉昌碩の印の魅力の一つとして書の筆意を石刻の印にも巧みに表現した話をしました。

今回は次なる魅力についての話をしたいと思います。

それは、革新的な温故知新を試み、さらに定着させ後世にも大きな影響を与えたことです。古典にあたる中国の古印は春秋戦国期の古璽(図1「信型医」)、秦漢の印(図2「滇王之印」)から隋唐(図3「崇信府印」)あたりまでの印が主なものです。

図1「信型医」2.4×2.4cm春秋戦国期の古璽篆刻作品
図1「信型医」2.4×2.4cm
図2「滇王之印」2.4×2.4cm秦漢の印篆刻作品
図2「滇王之印」2.4×2.4cm
図3「崇信府印」5×5cm隋唐の印篆刻作品
図3「崇信府印」5×5cm


呉昌碩以前の篆刻家たちは、それらの印をよりどころにし一家法を成し、呉昌碩自身もその道を行きました。

しかし、呉昌碩はさらに大きな引き出しを見つけることができたのです。彼はそれまで篆刻作品にはあまり取り入れらることがなかった「封泥」(図4「御史大夫」)に注目しました。封泥とは木簡などを封印するために用いた粘土の遺物で、それを拓に採ると欠けた所や細かな凹凸が表れて、文字や輪郭が人工の技から抜け出して自然のなせる風合いを見せてくれます。

図4「御史大夫」3.3×3.3cm封泥篆刻作品
図4「御史大夫」3.3×3.3cm

(図5「石人子室」)の作品では封泥の風を取り入れ辺縁を主に印刀で不規則に叩くことで、野趣と古色に満ちた作品を表現しました。これまで篆刻作品に取り入れられることが稀だった斬新で威風堂々とした呉昌碩の傑作の一つといえるでしょう。

図5「石人子室」4.8×4.8cm封泥風篆刻作品
図5「石人子室」4.8×4.8cm



封泥を活用して辺縁や文字にこのような生命を吹き込む様式は、その後の日中の篆刻家たちにも大きな影響を与えていくことになります。

ここからは少し次元が下がるはなしになり恐縮ですが、篆刻をする立場からすると封泥のような自然がなせる風合いを人の手で表現するのは実に難しいのです。どうしても人間の計らいで叩いたりするため偏りが出たり、不自然なものになったりします。

今この文章を書いていて思い出したことですがが、かなり以前、三文判用の朱肉を刻印の後の試し押しとして使っていたことがあります。それを不要な洋紙に押して刻印の出来栄えを確認していました。朱肉も紙も質が良くないため刻線の写りがはっきりと出ず、まだらになったりしましたが、それがかえって封泥のような自然は写り方をしているのに気付きました。それを参考にしながら古びを加えていくと、少しは自然な感じを表わせたことを思い出しました。最近はその手を使うことを忘れていましたが、またやってみようかと思います。

終わりに、お目汚しになりますが、封泥を取り入れた拙作(図6「風神雷神」)を掲載させていただきます。

図6「風神雷神」7×7cm佐藤容齋篆刻作品
図6「風神雷神」7×7cm


ありがとうございました。