古本の付録~書道隆盛の一翼を担った十勝の書家~

千葉豊翠
蒼庭子書院(北海道帯広市)

昨年のことです。
帯広市内のリサイクルショップで不用品を処分。ついでに店内の古書コーナーをふらふらとしていました。
立ち並ぶ棚のわずかなスペースに、雑誌「墨」が数冊ひと塊となってこちらに背を見せていました。その中に見つけた、第54号・特集比田井天来。
買いたい衝動で落ち着きません(笑)
数枚重ね張りされた値札シールの一番上の値段はなんと500円!
思わずスマホを取り出し、アマゾンで価格をチェック。同じものは見つけられませんでしたが、他の号でも2,000円以上の値段だったように思います。
これは迷わず即買い!と思いつつ、先ほど売った不用品の代金を見ると確実な手出し・・・
しかし大のおとなが迷うことではありません。
500円ですから!
帰宅して早速ページを開いてみるとなにやら新聞の切り抜きが・・・
地元紙、十勝毎日新聞社、昭和61年4月16日のものです。どうやらこの雑誌の以前の所有者も地元の方のようです。
記事のタイトルは「若木は伸びた 帯広小学校九十年の歩み」。記事の真ん中に「多数の“大家”を輩出 帯広十勝 書道隆盛の一翼担う」と大きな見出しです。
一度読み終え、また何度か読み返しました。
記事中の桑原翠邦先生は会員の皆さんがよくご存じのことと思います。
昭和25年、全日本書芸文化院創立時の会長、昭和46年会長を退任され翌47年東宮御所書道御進講を務められました。
柴田蕙山先生も全書芸創立時から所縁が深く、全書芸誌本年6月号にも作品が掲載されています。地元では知らないものがいない位有名な先生です。
松本春子先生は十勝出身のかなの大家であることは知っていました。父の書架にも作品集がありました。でも帯広小学校出身とまでは知りませんでした。
そして今回の大きな発見(私だけかもしれませんが・・・)は加納守拙先生も帯広小学校卒。
記事を読んで、十勝の書は翠邦先生以前からすでに萌芽を存していたことに驚いたのです。

何と多くの書家がここ帯広十勝にいたことか!
そして、なぜあの当時からここ十勝に「書」を志向する動きがあったのか?
なぞは深まるばかりです。
前回のブログに記した増毛はニシン漁で栄えました。
同じ時期、帯広は鉄道が開通し、大豆をはじめとする雑穀で活況を呈し、雑穀商たちは港町小樽と結びつきを強めたと言います。
活気が人を呼び文化も一気に流れ込んできたのでしょうか。

僅か500円で手に入れた古書。
その中にあった切り抜きという「付録」は、今も読むたびにワクワクが止まりません。

十勝毎日新聞昭和61年4月16日記事若木は伸びた「帯広小学校九十年の歩み」多数の大家を輩出帯広十勝書道隆盛の一翼担う
昭和61年4月16日 十勝毎日新聞