印と私(5)ーキレイを超えた美ー

佐藤容齋

印と私5呉昌碩刻「既壽」
呉昌碩刻「既壽」2x2cm


この印を見て傑作だなあ、素晴らしいなあと直ぐに思う人がどれだけいるでしょうか。私も学生のころから毎日のように呉昌碩の印影を鑑賞し続けてきましたが、しばらくの間は、この印はあまり目に止まっていなかったような気がします。

綺麗な印に見慣れていると、この印は刻者が誰か分からなければ初心者でも刻したのではないかと見逃されるかもしれません。しかし見れば見るほどその奥深さ、面白みに引き付けられる魅力があります。

先ずは左の「壽」を見ると横画がたくさんありますが、線の太さ、長さ、角度が全て異なっていることが分かります。「壽」中の「口」部の左右の縦画の長さ、太さが異なっているのも意味があります。「寸」部の上の横画が砕けてかすかな線になり、収筆を太くして下の輪郭につけて一体化させています。左上の輪郭を大胆に開けたのも印に広がりを持たせる大きな効果があります。

「既」も線に長さ、太さにかなりの変化をつけています。右の旁の二本の縦画は中心から少し右へずらし二本目の線の途中を極端に細くし、太い右の輪郭と調和させている。それによって出来た縦画二本の間の空間がたいへん広々とした印象を与えています。

また見逃してはならないことに、先の「壽」の上の二画が極端に線の太さを変えていることです。特に二画目の細い線は、「既」の右の細い縦画と同調するのと、質朴な線が多い中で全体をきりっと引き締める重要な役割を成している。左上に残している微かな輪郭もごく最小限に全体を結界するもので、ほとんど目立たないながらも作者の繊細で並々ならぬ心くばりが覗えます。


書でも他の美術品でも言えることですが、綺麗で形が整っているものや刺激的なパフォーマンスをするようなものは簡単に目に映りやすいものですが、そのような次元を遥かに超える美が存在することをこの印は教えてくれているような気がします。

常日頃から多くの良いものに触れ自らの感性を磨き続けていければと思います。